1/11には一旦(低レベルながらも)意識を取り戻して簡単な意思疎通はできたのですが、1/12にはまたもや意識消失。で、本日1/13の12:25に担当医師によって死亡が確認されました。
助かったのは、ギリギリのタイミングで母名義で購入した軽自動車の名義書き換えが終わっていたこと。
預金よりも借金の方が多い母ですので、もともと何かあれば基本は債権放棄で行くつもりだったのですが。ただし、この軽自動車だけは母が仕事で使うために6月末くらいにローン契約で購入して私が連帯保証人になっていたものの、7月に入ってすぐに母が病状を悪化させて仕事自体がドクターストップしてしまい、ローンの引き落としができなくなっていたものを私が代わりに払い続けていた案件。下手に債権放棄すると、軽自動車の所有権は無くすものの連帯保証なので残債だけは払い続けなければならない状態に陥るところでした。
なので、ローンの残債を一括で返還し、続けて名義書き換えを行うという処理をしなければならなかったのですが、手持ちの余裕を見込んで返済資金の手当ての目処が付いたのが昨年の12/24。なので、年末年始休暇を挟んでの処理だったので、もう少し早くに亡くなられるとアウトになるところでした。
今から考えると、ボーナスや給料で充分に資金を貯めきる前に、見切り発車で綱渡りの生活になってでも、さっさと残債一括返済と名義書き換えをやっておくべきでした。でないと軽自動車の残債68万に加え、母の70万近い借金を払わないといけない羽目に陥るところだったので。
この際なので母名義だった軽自動車は手放す、という選択肢もあるにはあったのですが、今の車に慣れてきたこともありますし、車そのものは何かと必要な環境にあるので、また別途、条件の良い車を探すのも大変でしたので、処理が間に合ってホッとしてます。
とはいえ、まだまだ問題山積みですので、功利的な意味でも感情的な面でも、もう少し長く生きていて欲しかったです。
救いは、会社の対応が太っ腹なおかげで、死に際を看取ることができたことでしょうか。
とは言え、最後の方は意識がない状態で、自律神経だけが生命を保たせようと必死になっているけれども、その甲斐無く急速に衰弱して死んでいったので、しばらく記憶から離れそうにはありません。
とりあえず次の節目は葬儀ですね。といっても直葬で、完全に身内だけで行うので、肩肘張らなくて済むのは救いですが。
しばらくは、この手のネタを引っ張りそうです。まあこのブログ、誰も見てないだろうから、いいかな?